〜ADHD発覚後、周りに合わせる生き方をするようになったがために自分が消え、空いた心の穴を埋めるまでの記録〜
最近、心の穴が埋まってきたかもしれない!
過去に言われた「なんで察してくれないの?」「あの時本当はこう思っていたのに!」と後から言われたこととか、当時は言われても「いや、エスパーじゃねんだからわかるわけないし、伝えることをしなかったあなたの責任でしょ」って思ってたけど、ADHDの診断受けてから、そのことや他の友人との喧嘩などなど、恋愛のことや、人間関係諸々、「全部自分がADHDで、普通じゃなくて、全部自分がおかしくて間違ってたんだ!」って過去も全部自分で書き換えていて、そして、自分がこんなに生きづらいのをADHDのせいにして、過去に私に「なんで察してくれないの」と言ってきた人たちのせいにしていた、ということが腑に落ちた。
自分の気持ちを人に伝えることは怖いけど、勇気を出さずに、察してくれないとか、本人に聞かずに勝手に「こう思っているだろう」って自分の頭の中で決めつけてしまうこともある、というか、今回私はこの絶望期を通して、まさにそういうことをしてしまっていた。
そういう風に決めつけてしまって、自分で勝手に恐怖心を作り出してしまうのは、人であれば誰しもがやることかもしれないけど、
でも、自分はそうやって生きていきたくないなと思ったし、そうやって恐怖心で人に伝えることが難しい人がいるのも身に染みてわかった。どっちがいいとかではなく、「自分はこうありたい」と思う方向に気持ちを持っていきたいと思った。
それと、学生時代から、友達がいない!って悩むことがないくらい、私はいつも友達が周りにいたのですが。
社会人になって友達が結婚したり、環境も変わって疎遠になって、だんだん友達も周りにいなくなって、しかも、親友だと思っていた友人も、喧嘩・・・と言えないような些細なことでだんだん気まずくなってよくわかんない状況だから、ひとまずお互いが何を思っているか話した方がいいと思って会おうと言っても応じてくれなくなり、「友情ってなんて薄っぺらなんだろう!!」って絶望もして、自分がいかに「友人」という存在に依存していたのかもわかった。学生時代の、過去の自分は、ただ友人と一緒に過ごすのが楽しいから過ごしていたけど、ADHDになって、自分に自信がなくなって、いつのまにか「仲の良い友人がいる=自分はまとも」って図式が頭にあって、自分の存在意義を友人に依存していたというか。
そりゃ、どんどん友達も消えるよな(笑)と思った。
自分がなくて、1人で自己を確立できないから、自分の存在を外部に委ねていたんだなーと。反省!!!
たぶん、一番辛い時期は抜けた気がする。前の自分に戻りつつある気がする。前よりも、世界が優しく感じる。
最近やっていたことは、「人が怖い」という恐怖心に飛び込むというか、「人が怖い」という気持ちを抑圧せずに感じるということをしていました。
よく、「感情を感じ切る!」って言うけど、ようやくそのことが腑に落ちた気がする。まず最初に「他者は自分を傷付ける力を持っている、自分の価値を他者に明け渡している」という考えを自分が持っているから、自分の存在を脅かす他者が「怖い」。この考え、思考を自分が持っているということをまず認識して、その思考が原因で起こる「恐怖心」を感じるということ。その感じる行為も、感じている自分と、それを認識している自分がいて、あくまで自分という存在は感じている自分ではなく、それを認識している自分であるという意識を持ってその恐怖心を感じることが大切なんだと思う。
ただ、そう感じられるうようになるまで、セドナメソッドだとか、多分瞑想だとか、そうやって自分の感情や思考の動きを観察するようになる必要がある。だから、ニューアースとか、いわゆる悟り系の人たちはよく「観察しろ」って言ってるんだなーと思った。
で、こういうのは実践あるのみで、いくら本を読んだって、実践しないと意味がない。「観察する」って何をだよ!!!って感じだったし。
実践して、よくわかんねー!ってなって、それでもやっていって、腑に落ちるしかないんだと思った。
Kindle unlimited契約していて、自己啓発本を読んだりしたけど、自己肯定感を上げる方法として「トイレ掃除を素手でやれるようにする!」とか、「好きなものに囲まれて暮らす」とか、うわっつらのことしか書いてなくてうんざりした。表面的なものでしかなくて、本当に自己肯定感を上げたいのであれば、ひたすら内観して自分と向き合っていくしかない。めちゃくちゃ地味ですごく辛い作業ではあるから、やっぱりもっと気軽に、効率的に、魔法みたいな方法を探したくなってしまうんだろうな。突然、自分自身が変わるわけではなくて、こうやって毎日苦しみながら、自分と向き合って、良くなってきたと思ったらまた消えたくなったりして、「このままずっと変われないのか?」って思ったり、そうやって地道に行っていくしかないんだな。本をたくさん読めばいいってもんじゃないんだな。
自分の思考はただの思考であって、概念であって、その思考がなくても自分は存在するわけで、だとしたら思考は自分ではないわけで、その思考に取り憑かれてしまってるんだよね。
前よりはよくなってきたものの、まだ昔の自分のようにはなっていないので、もっと、心の穴を埋めて、外部に自分の価値を依存しないように、自分で、自分として、自分の人生を生きれるように、頑張る。